煙草にまつわるエトセトラ
喫煙者は、どこか雰囲気に恋しているところがある。もちろん単にニコチンとタールに依存している側面は否定しないが、それだけではないのもまた事実なのだ。紫煙を燻らす刹那、化学物質ではない何かに癒され、楽しんでいる。そのひとつに、言葉がある。
煙草の周辺には、良い言葉が溢れている。代表は銘柄だ。パーラメント、ハイライト、マルボロ、メビウス、セブンスター、ピース、わかば、エコーなど、語感が楽しくオシャレに感じる名前が多い。パッケージも、今でこそ喫煙者への啓蒙文で半減したクールさだが、名前だけがドシリと構えているその構図は、なかなかに雰囲気づくりを手伝っている。
煙草に関する言葉を目にすると、ついメモしてしまう。ついこの間発刊された『倉本美津留の超国語辞典』という本をパラパラと読んでいたときのこと。「え、こんなものにこんな名前が!」と題されたコーナーで、こんな言葉たちが取り上げられていた。いずれも初めて目にした言葉である。
・解剖学的嗅ぎ煙草入れ
親指を反らした時、付け根にできる三角形のくぼみをこのように言うらしい。嗅ぎたばことは、着火せずに粉末を鼻孔の粘膜などから摂取する煙草で、スナッフとも呼ばれる。それを入れるくぼみということなのだが、何とも良い。人間は解剖学的に「嗅ぎ煙草を楽しむ生物」と説明づけられているようで、この喫煙者大不遇時代においてはいっそう愉快な心地がする。
・時計隠し
ズボンのポケットの内側にある小さいポケットのことをこのように呼ぶという。もともとは時計を入れておく用途に使われていたため、由来としては何の引っ掛かりもない。ただ、このポケット、喫煙者から言わせてもらうと、圧倒的にライターを入れるシチュエーションの方が多い。時計はスマホか腕時計である。今の「時計入れ」は「ライター入れ」と相成った。奇しくも高級時計を製作している会社にライターメーカーが多い。コレクターズアイテムとしても時計と似通った動き方をしているので、因縁深い気もする。
・煙草休め
灰皿の横にあるくぼみである。これはあまりにそのままのネーミングなので、思わずクスリとしてしまった。言葉とは不思議なもので、この名称を知るまでは何ともなしに置いていた煙草が、今では休まっているように思えてしまう。愛くるしい。やはり喫煙所でせかせかと煙草を殺してしまうより、喫茶店でゆっくりと休めながら吸いたい。雰囲気づくりにもひと役買ってくれるネーミングに、賛辞を送りたい。
仙台のホシヤマ珈琲店で煙草を休めながら書いている。煙草にまつわるエトセトラは、いつだって僕の心を豊かにしてくれる。楽しみながら過ごす時間に、害も益も関係ない。